雑記ノート

考えたこと、日記など

芸能人にハマった話

今しか書けないと思うので書きます。



年末になって、ひょんなことからラジオにハマった。
ラジオというか、ラジオによく出ている芸能人にハマった。

せっかくなので、きっかけは詳しく書いておきたいと思う。
そこそこ長くなります。


まずは今年の8月、独立型のワイヤレスイヤホンの片側を失くした話から。

旅行中、専用ケースに入っていないことに気付き、帰宅後に部屋の中を探したが見つからなかった。
スマホのペアリングにも反応しなかったので、きっと道端にでも落としたのだろうと思ってそのままにしていた。

当該イヤホンを使い始めてまだ半年くらい。
良いお値段もしたが、他のイヤホンを使うことで気にしないようにしていた。


時は流れ12月。
部屋の隅に置いていた除湿剤を取り換えようと持ち上げたら、その裏に何やら黒いものが。

おまえは!
行方不明になっていたイヤホンの片割れではないか!

ということで、私は再び、ワイヤレスイヤホンで身軽に音楽や動画を楽しめるようになった。


そんな私が、イヤホンを失くした当時とは違う形で悩んでいたことがある。

睡眠である。

元々睡眠不足になりがちの生活を送っていたのが、イヤホンを失くすちょっと前から生活が変わり、寝るのがもっと下手になっていた。
以前のようにうまく眠りにつくことを目指して、薬を飲んだりする他に、耳を温めるタイプの耳栓なども使い始めていた。

そこに帰ってきた、独立型のワイヤレスイヤホン。
有線イヤホンと違って、スマホを充電しながら使えるし、ネックバンド型と違って首回りに干渉しない。
これを使って何か聞きながら寝たらいいんじゃないか、とはじめは音楽を聴いていた。

でもスマホには当然、自分が普段聴く音楽しか入っていないので、なんだか物足りない。
そういえばラジオアプリも入れてるな、ラジオだったらもっと幅広いものが聞けるな、とアプリを開いた。

なお、ここで私が普段使わないラジオという媒体を思い出したのは、そのちょっと前に、以前使っていたウォークマンを机の中から発掘し、試しにラジオに繋いでみたら案外楽しめたという背景がある。
(しかし古いウォークマンなので、バッテリーがすぐ切れてしまい、じきに飽きた。)


そこからどういう経緯だったか忘れたけれど、過去放送のアーカイブから、複数の芸能人が他愛もないトークをして夜を過ごすという番組を見つけた。
聞いてみたら、程良いテンポで、程良いテンションで、なかなかおもしろい。

そう思ってから一週間、リアタイこそしなかったものの、アーカイブが更新されて最新回が聞けるようになったのでまた聞いた。
やっぱりおもしろい。
因みにこの番組は、私が知らなかっただけで、幅広い層から人気があり、長くやっているらしかった。

出演者全員の話が楽しかったが、その中に、とても聞き心地の良い声を出す人がいた。
テレビによく出る人で、私が好きな番組にも出ている人だ。

私はその人を以前から知っているが、芸能人としての親しみはあれども、いち個人として特段好きだと思ったことはなかった。
しかし、ラジオを通して聞くその人の喋り方は、ちょっと舌足らずでかわいげがあり、それなのに聞き取りやすい。

その声が癖になった私は、他にこの人の声が聞ける場所を調べた。

すると、ラジオやその人が属する業界に疎い私は全く知らなかったが、その人は出演ラジオを何本も抱えていた。
ここまでで、詳しい人なら誰の事だか分かると思うが、そのくらい地位を確立している人である。
そしてそれらのアーカイブ(のようなもの)を聞ける場所が、公式・非公式ともに少なからず存在していた。

はじめは、声に癒されたい一心で、寝る前などにそういったものをちょこちょこ聞くに留まっていた。
しかし、先述のワイヤレスイヤホンが存外大活躍し、洗濯物を干している間、部屋の片づけをしている間など、あまり頭を使わない作業の最中に聞き続けることができてしまった。

そうして過去のトークなどを聞いている内に、例のラジオ番組での喋り方は、あくまでも私の推測だが、その人が気の置けない仲で話す時の振る舞いであるらしく、いつもは結構ハキハキとしていることに気付いた。

それでも聞くのをやめられなかったのは、その視点や価値観などにも惹かれるようになったからである。


詳述すると人物を特定できてしまうので、ざっくりとした人物像を置いておく。

その人は、陽と陰でいうところの陰寄りの人だった。
一方で、仕事への熱意は強く、真面目な性格もあってか様々な葛藤を経験している。
しかし、そういったある種の生きづらさと向き合いながら、独自の人生観を構築してきた。

やや大袈裟に、大雑把に書いているが、私の印象としてはそんな感じだった。
断定的に書いていることも、事実ではなくあくまで私の印象である。
そしてこれらの印象は、私がその人に対して抱いていたイメージと異なるものだった。


その人のトークを聞くと、何かしらの悩みに対して共鳴することもあれば、その考え方に知見を得ることもある。
気持ちが分かると思うこともあれば、正直面倒くさいと思うこともある。

それだけであれば、友人とか、映画評論家とか、インフルエンサーとか、そういった人達に対して抱く気持ちと変わらなかったかもしれない。

しかしその人は、芸能人であった。
顔があり、ラジオで話し、カメラに映り、ステージに立っていた。
そして、喋りがうまかった。


今まで私が芸能に携わる人を好きになる時は、演技力や歌唱力など、主に技術への関心が先立っていた。
その後ろから好意や尊敬の念がついてくるため、その人がどんな顔で、どんな性格で、どんな生活を送っているかは、そんなに興味が無かった。
そもそも、その辺が分からないことも多かった。
それ以外の場合も、体格が好みだとか、声質が好みだとかで、その生き方は公序良俗に反しない限りどうでもよかった。

ところが、今回は違っていた。
きっかけは声だったが、一人の人間としての生き方にも、名伏しがたい興味を持った。
それは、ある意味で好意ではあるものの、尊敬とも、また親近感などとも異なるように思う。

生きている人間である以上、いつもなら深入りしないよう線を引いているところだが、不思議とそんな気にもならない。
あまりにも「素」が見えていて、広義での理想(歳を取らないでほしいとかそういうレベル)を押し付ける隙がないせいだろうか。


とまあ、色々なことが重なって、それまで何とも思っていなかったその人が、全く違って見えるようになった。
これが芸能人にハマるということか、と新鮮に感じる日々である。
多分「推し」ということになるのだが、その辺りはまた別の機会に考えたいと思う。


書いていたら3時を回ったので、今日はここまで。